010. 油断大敵と脳内モルヒネ
ぼくが左ヒザをひねったことは、ブログ山旅日記に報告済である。原因は油断、気のゆるみ以外のなにものでもなかったと思う。
7月4日に成田を発ち、24日に帰国、中2日あけて27日〜28日、アポイ岳に取材に出かけることはとうの昔にきまっていた。せっかく日高まで行くんだから、アポイ岳だけじゃもったいない、帰りがけの駄賃に幌尻岳にも登ってきましょうと、登山教室を2つ並べることにした。まさかあちらでヒザをひねるなんて予想もしていなかったので・・・・・。
19日、テートルース小屋に入る。夕立があり、雷も鳴る。たまに安定した日もあったが、ほとんど不安定な天気の毎日ではあった。小屋の朝食は1時、4時、7時とあって、それぞれの時間に出発できる。内心、4時朝食で4時30分頃に出発できたらな、と思っていたが、フランス人ガイドから「夜中に雷雨があるという天気予報なので、明朝の食事は7時とする」とのアナウンスがあった。この3時間の差は大きい。体力はないが持久力ならある中高年登山者にとって、山頂が遠ざかったように思える。
なにがなんでも山頂に立たせてやろう、とまで考えてくれなくてもいいが、できることなら山頂に立たせてやろうというくらいのホスピタリティーがあってもいいんじゃない、と思われるフランス人ガイドは多い。
その朝も4時朝食として、雷雨だったら出発を遅らせばいいのに、ハナっから7時朝食では夢も希望もない。実際、夜中は雷雨にはならず、夜空には星がきれいに輝いていたのであった。
20日、グーテ小屋に上がる。体力のある3人がモンブランの頂に立って戻ってくる。ぼくは居残り組。
21日、2時に朝食を済ましてモンブランにアタック。ヘッドランプの光が長蛇のように並ぶ。ドームドグーテでガイドの指示で下山決定。天気が悪化するからというのが理由であった。体力のある1名が登ってくる。風は強かったが、頂上は晴れていて、周囲の展望もすばらしかったとのこと。その話を聞かされて、下山を余儀なくされたメンバーは非常に残念な思いをした。
登頂した人のグーテ小屋への帰着を待って下山開始。30分しか眠れなかったためか、非常にバランスが悪い。グーテ小屋下の岩場を下り、問題のクーロアールも無事トラバースしてアイゼンをはずし、ザイルを解き、ハーネスをはずす。ゆっくり休んでから、のんびりニ・デーグル駅にむかって下山開始。
気もゆるみ、頭もボーッとしていたのか、即ち、油が切れていたのだろう。ザレっぽい斜面で右足がズーッと滑った。普通なら尻モチをついて一件落着のはずなのに、左足が岩にはさまっていて、ついてこない。変なふうに大股開きとなり、左ヒザがくにゃっとよじれた。一瞬、歩けないんじゃないかと心配したが、立ってみると痛いことは痛いがなんとかなりそうだ。湿布薬を貼り、テーピングをして下山開始。同行のMさんのストックも借り、ダブルストックで下っていく。ようやくニ・デーグルの駅に下山。電車が停まっている。ドアが開くのをベンチに座って待っていると、下ってくる登山者が目の前を通り過ぎていく。2日前の雷雨で線路に土砂が流れ、不通なのであった。これにはガックリ。
気をとり直して線路の上を歩く。シャレ・ドゥ・ラールまで1キロちょっと。そこから山道に入ってロープウェイの駅まで1キロちょっと。登りではまったく痛みを感じず、スタコラ登っていけた。ロープウェイの駅に辿り着いてホッ。たちまち痛くなってきた。それで、それまで脳内モルヒネが出ていたんだなと気がついた次第。
随分よくなったが、これを書いている8月7日現在、まだ痛い。