岩 崎 元 郎 の


 

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瑞牆山と増富ラジウム鉱泉

 昔は温かくなければ、温泉とは呼ばなかった。温かくないのは、鉱泉と呼ばれた。現在は、温泉成分が含有されていれば、冷たくても温泉と呼ばれる。なんかよく理解できないけれど、まっいいか。地図には増富ラジウム鉱泉、増富温泉の両方が記名されている。前者が地名で、後者はバス停名なのか、よく分からない。

 1961年8月、徳和から大ダオを越え、天狗尾根を登って国師岳に立ち、金峰山へと縦走し、増富ラジウム鉱泉へと下った。今(ずっと以前から)では車道が抜けているから、瑞牆山荘前まで下れば登山舞台に幕が下ろせるが、当時は鉱泉まで舞台は続いていた。この日の朝は、大弛峠をスタートして金峰山を越えたのだが、記憶が定かでない。一つだけ残っている記憶は、金山平の牧歌的な風情である。こんな所で、二、三日のんびり過ごしてみたいとその時思ったのだが、51年後の今日まで夢を果たせずにいる。


 瑞牆山に初めて登ったのはいつか、これも記憶が定かでない。標高2230.2m、日本百名山の一座だ。秩父山地から6座、日本百名山が選ばれている。東京都の最高峰、雲取山。奥秩父主脈の東端に位置している。ほぼ中央に甲武信岳、西端に主峰である金峰山、その西側に瑞牆山。主脈から北にはずれて両神山、南にはずれて大菩薩嶺がある。深田久弥さんが、それだけ登る頻度が高かったと言うことだろう。
 
 瑞牆山が金峰山の西隣の山だというのに選ばれているのは、緑濃き秩父山地にあって、岩山という特異な存在であるからだろう。夏にも冬にも登っている。数年まえの冬、富士見平にテントを張り、瑞牆山に登ったときは高校山岳部と前後して登ることになった。男子生徒9人、女子生徒10人、顧問の先生が同行していた。いま考えれば、山ガールブームの予兆だったのかも知れない。

 
 新宿発7時の特急スーパーあずさ1号で、韮崎着8時37分。瑞牆山荘前まで車で入ってしまえば、日帰り登山ができる。山荘前からの往復登山が一般的だ。里宮坂からワンピッチ50分で富士見平だ。金峰山へは、小屋の前を通って行く。瑞牆山へは小屋の手前を左に進む。樹林の中を巻き気味に下って行くと、天鳥川源流部に出る。


 ここからが本格的な急登になり、尾根上に出たら裏側から回り込むように登って、山頂である大きな花崗岩の上に立つ。高度感抜群、この爽快感が瑞牆山の人気の秘密であろう。下山は、往路を戻る。

 
 サラリーマン時代、社内旅行の幹事になった。山以外能がない人なので、増富の温泉宿一泊と瑞牆山登山を計画した。天気が良く、頂上からの展望も文句なしだったので、山と温泉は好評だった。


 瑞牆山荘前(50分)〜富士見平(30分)〜天鳥川源流部(1時間30分)〜瑞牆山(1時間)〜天鳥川源流部(50分)〜富士見平(30分)〜瑞牆山荘前

 増富温泉をインターネットで検索すると、「温泉」で出てきて、「鉱泉」という言葉はない。泉質は「放射能泉」とある。ラジウム含有量が非常に多いことで知られる。源泉温度は30度近く、ぬる湯であると解説されていた。本谷川沿いの山間に数軒の旅館と、日帰り入浴施設が1軒ある。

                                                    2012.3.15 記 

 




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