岩 崎 元 郎 の


 
   
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北信・鳥甲山と和山温泉

 手元にある県別登山ガイド『長野県の山』の中で、鳥甲山は“孤高の山”と評されている。長野県北部とか北信などとくくってしまえば、どうってことないが、この地、秋山郷は鈴木牧之の『北越雪譜』を取り出すまでもなく、はるかなる辺境である。そんな地にある鳥甲山が、どうして注目を集めたか。

 きょう日、“毛虫探し”などという言葉は死語だが、ぼくが現役の頃、毛虫探しが流行した。「雨飾山と雨飾温泉」の項でも説明しているが、毛虫探しとは岩場探しのことである。谷川、剱、穂高など、我が国を代表する岩場のほとんどが開拓し尽くされてから舞台に登場してきた若いクライマーたちが、自分たちが開拓できる新しい岩場探しを始めたのである。新しい岩場発見のための、大きな手がかりになるのが地形図上の岩場記号=毛虫なのである。毛虫探しの功あって世に出た岩場が、御神楽岳であり、海谷山塊であり、鳥甲山だったりした。

 当時、鳥甲山は第二の谷川岳などという見出しで、山岳雑誌誌上で喧伝されたから、ぼくも偵察に出かけたことはあった。山としては惹かれるものがあったが、岩場としてはインパクトに欠ける印象があって、それっきりになっていた。若気の至りで、温泉には目が向かなかったものだから。

 ン十年の時間が過ぎた。世の習い通り、温泉大好きオジサンと変身していた。「山と温泉」と張り紙された引き出しを開ければ、「鳥甲山と和山温泉」は絶対に入っているパンフレットの一枚である。和山温泉だけでなく、鳥甲山の周辺には、小赤沢温泉、屋敷温泉、切明温泉と魅力的な温泉が並んでいる。数年前、毛虫ならぬ温泉に惹かれて秋山郷を訪れた。和山温泉に一泊、白嵓を越えて鳥甲山山頂に立ち、赤嵓を経て屋敷温泉へと下った。そのとき泊まった仁成館は、2006年から宿泊は受けないとネットにあったから、ぼくが訪れたのは10年以上前のことになる。夕食の後、露天風呂に手足を伸ばして浸る快感といったらない。湯舟の縁に頭を預けて、見上げれば満天の星空。温泉の成分は、ナトリウム-カルシウム 塩化物硫酸塩泉。効能は、リュウマチ、運動器障害、慢性湿疹などとあるが、のんびりゆったりの気分だけで、どんな病気も癒えてしまいそうだ。

 宿良し、温泉良しで、鳥甲山に登る意気込みは充分。夜明けとともに宿を出た。ハードな山である。やせ尾根の上に、一筋道が付いている。黙々と足を上げていくしかない。この頃は、体力はばっちりだし、バランスも良かったから快調に高度は上がっていく。コースの難関、剃刀岩にはワイヤーロープが張られている。屋敷からのコースとぶつかれば、山頂は目の前だ。夏山シーズンど真ん中というのに、登山者の影がない。7月下旬から8月中旬の夏山ベストシーズンは、中部山岳の大縦走とか北海道や東北の山にむかう登山者が多く、上信越や奥秩父などの中級山岳は夏が過ぎないと出番がないらしい。おかげで静かな鳥甲山を存分味わうことができた。

 山頂で大きく背伸びしてから下山にかかる。ゆっくり、歩幅を小さく足を降ろしていく。屋敷バス停まで下ってほっとする。しばらく来そうもない。ザックを道端に置き、腰をおろして長期戦に備えた。

                                                         2016.4.15 記

 




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