岩 崎 元 郎 の


 
   
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北ア・剱岳とみくりが池温泉

 高校時代に自己流で登山を始めたぼくは、大学進学と同時に昭和山岳会に入会した。新人の夏山合宿は、北アルプス。扇沢から針ノ木峠を越えて黒部湖に下り、渡し船で湖を渡って五色ヶ原に登り返し、立山から剱岳への縦走だった。当時のぼくは身長147㎝、体重38㎏。歩き始めて10分でバテてしまい、共同装備は取り上げられた。それでも足が出ず、針ノ木峠までの予定がマヤクボのカール下でテントを張ることになった。2日目は五色ヶ原の予定が届かず刈安峠まで。3日目は立山を越えられず、室堂に下ってテントを張る。4日目、強い新人は剱往復、弱い新人は立山一周になった。もちろんぼくは立山班、憧れの剱に見放された思いだった。

口惜しくて、意地でも剱には登ってやらないぞという思いで山に登り続けた。昭和山岳会を卒業し、蒼山会同人で登り続け、ネパール登山を機に無名山塾を創設、気持ち的に時効を迎えたようで、無名山塾の夏山合宿で剱岳を計画した。剱敗退から二十数年、今から三十年くらいまえの話しになる。初めての剱岳は、八峰下半から上半を攀じて立った。パートナーは現在無名山塾のチーフリーダーの金沢和則君だ。会心の山行だった。

 初めての剱岳へのアプローチは、宇奈月からトロッコ電車で欅平まで行き、日電歩道を黙々と歩いて阿曽原で一泊、翌日剱沢にベースキャンプ設営。翌年2回目の剱は、黒四ダムから黒部川に下り、内蔵助谷からハシゴ谷乗越を越えて真砂沢にベースキャンプ設営、ハードな1日だった。3回目は馬場島から早月尾根を登って早月小屋に一泊、翌日剱岳を越えて剱沢入り。4回目は室堂から歩き始め、雷鳥沢を登って別山乗越を越えて剱沢に入っている。以降このコースから剱沢にベースキャンプを設営し、数日間を過ごす夏山合宿は、無名山塾の定番メニューになった。

 大町から入るコースは人出が多いので、富山からの入山が好きだ。昔は夜行列車で早朝富山着、一番の富山地鉄に乗って立山駅に行く。ケーブルカーで美女平に上がり、バスで室堂に運んで貰う。夜行列車がなくなり参加者の高齢化もあって、現在では富山に前泊している。

 剱岳の山頂をめざしたい方、ぼくのお勧めは早月尾根を登って別山尾根を下るコース。7月中旬までは早月尾根上部に急な雪渓が残るので、ピッケル・アイゼンが必要になる。登山口の馬場島へは、富山地鉄上市駅からタクシー利用。標高760mの馬場島からこの日の宿、早月小屋2,224mまで高度差1,464mを黙々と登る。翌日は森林限界2,400mを越えると岩場の連続となる。三点確保を遵守してゆっくりのぼって行けば、2,999mの剱岳山頂。別山尾根の下りは岩場の連続なので、さらなるゆっくりで下って行くこと。

 この日のうちに帰宅できるが、帰りのバスの時間が頭にひっかかっていると事故の因になるので、剣山荘か剱沢小屋、あるいは室堂周辺でもう一泊する余裕ある計画で臨みたい。室堂からバスに乗る前に、みくりが池温泉で汗を流せると文句なし。みくりが池温泉は単純硫黄泉、神経痛・筋肉痛・間節痛・五十肩・うちみ・くじき・慢性消化器病・疲労回復に効能がある。


                                                       2016.6.15 記

 




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