岩 崎 元 郎 の


 
   
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温泉を考える

 このページに「山と温泉」を連載してきた。今でこそ山から下れば温泉だが、昔々、山登りを始めた頃は、山から下って温泉にドッブーンなんていう発想はなかった。わが身のことながら汗臭いなあとは思うものの、時間的、経済的、精神的に他人さまに気遣う余裕がなかったのだと思う。たまさか温泉に入ることがあっても、心身共に癒されるという実感はもてなかった。若かったのかもしれない。

 何歳からが大人というのかよくわからないが、山から下って温泉に入りしみじみいいなあと思えるようになったのは、大人になってからだ。湯舟に手足を伸ばし、ふうっと大きく息を吐き出すと、すうっと疲れが抜けていく心地良さ、温泉っていいなあ。

 温泉で思い出すのは、昭和38年の冬山合宿。湯俣をベースキャンプとし、北鎌尾根と硫黄尾根から槍ヶ岳の集中登山のときのこと。新人のぼくはもちろんサポート要員。葛温泉から湯俣、湯俣から第一キャンプを設営する北鎌尾根P2の上までの荷揚に終始した。そんな縁の下の力持ちの唯一の楽しみは、湯俣川の河原に自分たちで湯舟を工作して入る温泉だった。温泉の良さよりは、荒涼とした河原に湯舟を作る楽しさが記憶に残っている。

 大人になった現在、山から下ればそこに温泉があって欲しいと思うのは、温泉入浴が心身の疲労回復に効果大であることを確信できているからだろう。連載途上ではあるが、ここらでちょっと温泉について考えてみることにしよう。

 温泉とは文字通り、地中から湧出する温水、鉱水、水蒸気、その他のガスで、温泉源での温度が25℃以上のもの、または定められた溶存物質のいずれか一つを、規定の成分以上含むもの、とある。溶存物質とは、温泉に溶け込んでいる化学物質のこと。

 それがいつだったのか、わがことながら定かではないが、大人になってみると広々した温泉の浴槽に手足を伸ばしたとき、心身共に疲労が抜けていくことを実感する。その理由は三つある。

 一つは温泉に溶存している化学物質が、温泉浴することで体に吸収され、その化学物質に応じた症状に効果を与えるというもの。炭酸ガスは血行を良くし、硫酸塩は血圧を下げる、重曹は胃や肝臓、膵臓の働きを活発にしてくれるという。

 二つめは、温熱効果、水圧、浮力という三つの物理的作用があることで、温泉浴で血液循環が良くなって血圧が下がる。ぬるめのお湯にゆったり浸かっていると、日頃のイライラが収まり落ち着いた気分になれるのは、自律神経が副交感神経支配になるためだとか。水圧は内臓を圧迫し、心臓の働きを活発にしてくれる。入浴は同時に内臓の運動になっている。そして浮力が湯槽に体をゆったり浮かせてくれ、リハビリ効果を促進してくれる。

 三つめは、温泉のある場所。昨今では街の真ん中でも無理矢理温泉を掘ったりしているが、本来温泉が湧いているのは自然の真っ只中だ。海や山、森、川、湖、そうした自然の中に身を置くだけでも、心身の癒し効果は大きい。温泉入浴は、健康の回復・維持・増強に最適なのである。山から下ったら、温泉を探し、温泉に飛び込むのは必然といえよう。


                                                    2018.9.15 記



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