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| はじめに |
| 1983年11月、サンシャインシティー文化センターで開講された「中高年のための登山入門教室」に、講師として招かれた。ぼくの、中高年登山者指導元年である。 品川区教育委員会から「ハイキング入門教室」の講師も依頼された。江東区でも、「中高年のための山歩き教室」を開講。 1995年には、みなみらんぼうさんとの凸凹コンビで人気を博することになる、「中高年のための登山学」が、NHK教育テレビで放送された。中高年登山の大ブームが、招来した。 山に登って元気になる。ストレス解消、山登りは最高の健康法ということで、昨今ではブームというより、ライフスタイルとして、定着したように思われる。 しかし、思いがけない落とし穴があった。山での遭難事故である。ぼくがバリバリだった頃、山岳遭難といえば、雪崩・落石・ハーケンが抜ける、といった必然的なリスクであった。 昨今の、中高年登山者の遭難事故の原因は、そうではない。下山に際しての転倒滑落、これは体力不足というしかない。あるいは勉強不足による、山中での道迷い。 中高年登山界には、さらなる高齢化という問題が、顕在化しているにも関わらず、彼らの目は、日本百名山に代表されるネームバリューある山に向けられている。 日本百名山は、深田久弥さんが、山の品格・歴史・個性に、およそ1,500m以上という条件を付加して選んだ山だから、ハードな山も少なくない。50歳代ならまだしも、60歳を過ぎてから、日本百名山を完登しようという目論見は、皆が皆とは言わないが、無理と思われる人は多い。その代わりにどうですか、と考えたのが「ぼくの新日本百名山」なのだ。 2005年、ぼくは還暦を迎えた。ぼく自身が選んだその百山を一年で登るというチャレンジを、還暦記念イベントにして、元日、筑波山からスタートした。吹雪・深雪・天候悪化で、3山は途中までで引き返した。頂上に立たなければ、登山にならないということはない。そこまで頑張ったんだから、いいじゃん、ということでその3山は、「ハナマル登山」とした。台風にぶつかって1山は「残念登山」、96山が「おかげさまで無事登山」であった。 毎年、無名山塾では新春懇親会を開催している。その席で、 「父は、山の側から百名山を選びましたが、岩崎さんは登る側から選ばれましたね、マーケティングですね」 と、久弥さんのご長男である森太郎さんが、ご挨拶して下さった。我が意を得たり、という思いで嬉しかった。 今年、日本の元気を取り戻すべく、「一億二千万人総登山者化計画」をスタートさせた。その実際的活動として、「みんなで登ろう、ぼくのふるさと八百名山」を考えた。これはさらなるマーケティングということになる。 新日本百名山は、47都道府県から、必ず一山選ぶということと、山が好きというからには登っておくべき山を入れることにした。その結果、52山は深田百名山と重なっている。「新」は48山だ。各県を代表する親しみ易い山といっていい。 「ふるさと八百名山」を選定するに際して、深田百名山と前述の新百48山は、外すことにした。 ふるさと八百名山に登り始めようというこの時、新百48山再録を思いたったのである。 (09.01.23) |
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